文楽観劇 国立文楽劇場 曲輪文章

お正月

i2です  新春のお楽しみ、文楽を観劇してまいりました。曲輪文章、ぶんしょうは一文字です。

夕霧恋しさから、吉田屋の表で主人に会いたいと紙衣の伊左衛門。落ちぶれておりましても、主人の喜左衛門と女将のおきさ再会を喜び、丁重もてなします。

伊左衛門、夕霧が他の座敷に上がっていると聞くや、拗ねての狸寝入り。主人の情けなんてどこ吹く風です。

いやはや、なんという〇〇っぷり

病鉢巻の夕霧の登場。お人形だからこその儚さ、美しい

「わしゃ煩うてなあ」

「寝さしはせぬ」

「笑ひ顔見せて下さんせ」

伊左衛門、狸寝入り続行、すがりつき涙する夕霧に拗ね放題、悪態つき放題、言い争いながら、右へ左へと炬燵で移動。駄々っ子そのものです。

あかんわこの人、ほんまの〇〇ですわ

「も とうに死ぬるはづなれども、今日まで命ながらへしは、今一度逢はして下さんす、神仏の控へ綱。」

実在した夕霧太夫は、27歳(22歳とも)の若さでこの世を去っており、大坂中がその死を惜しんだとの事です。

現在でも胸に突き刺るこの語り。当時は如何ほどであったかと思います。

この伊左衛門、世間知らずなボンボン、ダメ男の典型でありますが、滲み出る育ちの良さや愛嬌があり、〇〇だけれども憎めないとこがあります。

ダメ男を器量よし、気立てよし、情に深い女性が惚れぬくってのも定番の展開で、なんて粋(すい)な、であります。これは個人的な受けとめ方なのか、「えっ、そうかな?」との返しも多々あります。

最後は、伊左衛門の勘当が解かれ、夕霧の身請けのお金も用意され、めでたし、めでたしです


芝居にしても、あまりにという感もありますが、実在した夕霧が若くして亡くなったしまったのだから、お芝居では身請けされ幸福に暮らしていく結末になってると

重厚な太棹三味線にのせた太夫の語りは、嘆き悲しみを鮮明に浮かび上がらせます。それゆえ夢のようなハッピーエンドでの終幕はひときわ引き立ちます。

文楽から歌舞伎化され、歌舞伎では廓文章であります。文楽、歌舞伎は深いつながりがあります。また能、狂言を元にし、文楽、歌舞伎化されたものがあります。

狂言、文楽、歌舞伎で上演され、ハッピーエンドで幸せな気分になれる。そう靭猿です。


2月8日(土)のイベントは長唄で靭猿の実演があります。

靭猿、ご存知の方も多いと思いますが、まだという方のために、簡単にあらすじです。

※題名を始めて聞いた時は、「靭猿って何?ウツボって海の?」でありました

大名が自分の靱(うつぼ、矢を入れる筒) に猿の皮つけたいので、猿曳(さるひき)に太郎冠者を介して、猿の皮をよこせと声を掛けます。

猿曳は猿を奪われたら明日からどう生きていけばよいのかと大名に懇願しますが、聞き入れられません。焦れた大名は猿を射殺ろそうとします。

猿曳はやむなく、せめて急所を一打して苦しまないように殺した方がと考え鞭を振り上げます。

猿は振り上げられた鞭を芸の合図と思い、舟の櫓を押す真似をします。いぢらしい猿の姿に猿曳は手が下せなくなります。

それを見て大名も不憫に思い猿の命を助けます。

猿曳は喜び、お礼にと猿を舞わせます。華やかで明るく、めでたし、めでたしです。

長唄の靭猿は、物語りの場面、心情の移り変わりを、詞章、曲調により見事に表現している素晴らしい名曲です。

街の記憶を三味線と凹凸地形でたどる~山王日枝神社・江戸城外堀編

狛犬ではなく神猿像が置かれている山王日枝神社は、縁結び(猿は「えん」とも読むことから良縁のご利益があると言われています)、仕事運や出世運の上昇、商売繁盛、その他にも多岐にわたるご利益があることで知られているパワースポットです。

祝言らしくおめでたい靭猿は如何でしょうか。是非ともお越し下さいませ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です